全く意味のない文章を村上春樹風に書いてみた(その2、または「鳩」との対話)
「『揚げ物』というものの本質を考えたことはあるかね」
「鳩」はそう言った。
それは、もはや質問なのか、ただのひとりごとなのか、あるいは空に捧げられた祈りの言葉なのかも、ぼくにはよくわからなかった。
ぼくはひとまず黙って、ハイネケンを口に運んだ。
蒸し暑い夜だ。このバーにはエアコンがついてないのか、と「鳩」が何度も悪態をついたけれど、その気持ちもわからなくはない。そのくらい、店内は蒸し暑い。
キース・ジャレットのピアノが、静かな風のように店内を流れている。でも、残念だけれど、キース・ジャレットには気温をコントロールする力は今のところない。
「その、揚げ物というのは」
ひとまず、ぼくは口を開いた。
「天ぷらやフライ、唐揚げ、その全てを指す概念ということなのかな」
「その通り」
「鳩」は間髪入れずに答えた。
両手でロックグラスを抱えながら、「鳩」は小刻みに首を揺らしている。おそらく、キース・ジャレットのリズムに自分を浸そうとしているのだろう。ロックグラスの中のワイルドターキーが、静かに揺れている。
バーの奥には、結婚式の帰りと思しき三人組が座っている。ただ、結婚式の帰りとは思えないほど、三人とも沈んだ顔をしている。三人の前に置かれたモヒートは、もうたっぷりと汗をかいてしまっている。
モヒートをそんなに放っておいてはいけない、とその三人に伝えたくなるけれど、彼らには彼らなりに何か思うところがあるんだろう。しかし、バーのカウンターでモヒートを前に男三人が肩を落としている姿は、見ていられないほど痛々しい。
やれやれだ。
「『揚げ物の本質』というのは、あまりに乱暴な概念すぎやしないかな」
気付くとぼくは、そう言葉を発していた。
「天ぷらとフライと唐揚げと、もっと言えばとんかつとメンチカツですら、その本質は違っているはずじゃないですか」
「鳩」はぼくの顔を見て、口の右端を上げた。こういう笑い方しかできない人なのだろう。
「あるいは、そうかもしれない」
「鳩」は何かを思い出したかのように、ワイルドターキーを口に含んだ。そして、ロックグラスをテーブルに置き、右ひじをついて額を2度、軽くかいた。
「ただ、一つだけ間違いのないことがある」
そう言うと「鳩」は、ため息をついた。
「すべての揚げ物は、揚げられた瞬間にこそ食されるべきだ、ということさ。すべての揚げ物は、揚げられてからずっと、緩やかにその価値を下げ続けていく。だからこそ、揚げ物を見ると悲しくなる」
そう言うと「鳩」はまたワイルドターキーを口に運んだ。
「つまり揚げ物は全て」
ぼくはここまで話して、一度口を閉じた。
「全て?」
「鳩」は、促すようにぼくの言葉を繰り返した。
「全て、緩やかに死に向かっているということなんだろうか」
「鳩」は、再び口の右端だけを上げた。
「それにしても、このバーの空調はどうなってるんだ」
ぼくの言葉に答えることなく、「鳩」はそうつぶやいた。
そして、またこの文章には全く何の意味もない。
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