何の意味もない文章を、村上春樹っぽく書いてみた。
「蕎麦が、スパゲティより優れている点を知っているかね」
そう「鳩」はぼくに尋ねた。
薄暗く、かすかに聞こえる音量で(そして、それは間違いなくマスターによって完璧に制御されている)パット・メセニー・グループの曲が流れるバーのカウンターで交わされる会話としては、およそ不釣り合いだと思いながら、ぼくは首を横に振った。
「それはね」
「鳩」はぼくの方を見て口の右端だけを少しだけ上げ(おそらく笑ったのだろう)、ジャックダニエルのソーダ割を一口飲んだ。ぼくの手元には、ハイネケンの瓶が置いてある。ぼくと「鳩」の間には、皿に乗ったミックスナッツが緊張感なく置いてある。
ぼくと「鳩」は、今しがた、このバーで知り合った。だが、人と人との間柄は過ごした時間や、重ねた会話の量だけで作り上げられるものではない。ぼくは「鳩」のことをだいぶん好ましく思うようになっていた。
店内は閑散としていた。ぼくと「鳩」以外には、カウンターの奥で女性と男性の二人組(おそらくは仕事仲間だろう)。女性はワインか何か、男性はおそらくマティーニを飲んでいる。
「この店でマティーニを飲むのはやめた方が良い」とアドバイスしたくなるけれど、まるでジェームズ・ボンド(しかも、ショーン・コネリー時代の)でも参考にしているんじゃないかと思うような彼の風貌を見ていると、そんなことを言う気も失せてくる。
これは、おそらく人の話を聞かないタイプだ。そして、おそらく女性にはモテない。
ぼくは「鳩」に視線を戻した。なぜ、彼が自分のことを「鳩」と名乗ったのかは聞かなかった。聞いたところで、地球の自転には何の影響もない。
「蕎麦は茹でると、蕎麦湯が生まれる。スパゲティからは、何も生まれない。そういうことさ」
「鳩」はそう言うと、またジャックダニエルのソーダ割を口に運んだ。
「そうかな」とぼくはつぶやいた。
「確かに」
「鳩」は、明らかにぼくのつぶやきに応えて、そう言った。
「確かに、スパゲティを茹でた汁は、パスタソースを作るのには欠かせない。だが、とてもじゃないが鍋いっぱいのスパゲティの茹で汁を使い切ることはできない」
「蕎麦湯は、出汁を割って飲むこともできるし、焼酎を割って蕎麦湯割にもできる。そうあなたは言いたいんですね」
たまらずぼくは、口をはさんだ。
「その通り」
「鳩」は表情を変えずに、そう言った。
「でも」
「なんだね」
「でも、だからといって、蕎麦がスパゲティよりも優れているとは言えないんじゃないかな。例えば、スパゲティは色々なソースと相性が良いけれど、蕎麦はカツオ出汁くらいしか選択肢がない。そういう観点もあるんじゃないですか」
そう言った後、ぼくは「鳩」の顔を眺めていた。「鳩」はマスターの背後に並んでいる酒瓶に目をやりながら、口の右端を上げた。
「なるほど」
そう言って「鳩」は、ゆっくりとぼくの方を向いた。
「あるいは、そうかもしれない」
「鳩」はそう言うと、ミックスナッツ(おそらくはジャイアントコーンだ)を口に放り込み、咀嚼した。ガリガリゴリガリ、と音がする。
「でもね」
「鳩」はジャックダニエルのソーダ割で口の中のミックスナッツを片付けた後、右手の人差し指を天井に向け、こう言った。
「何より大切なことがある」
「鳩」の顔は少し紅潮していた。こう見えて、案外酒に弱いのかもしれない。
「それは、こういうくだらないことを話し合える友人は、人生において何事にも代えがたく貴重だということだよ」
全く同感だ、とぼくは心の中でつぶやく。
そして、この文章には全く何の意味もないということだけは、書き記しておくべきだろうとも思う。
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