何の意味もない文章を、村上春樹っぽく書いてみた(その3、あるいは『鳩』との対話)
「なぜ、銭湯の隣にコインランドリーがあるのか、考えたことはあるかい」
「鳩」は、抑制のきいたバリトンで、ぼくに問いかけた。
あるいは、その問いはぼくに向けられたものではなく、ただ、そこに観賞用のために置かれた問いだったのかもしれない。今となっては、何とも言えない。
「お風呂に入っている間に洗濯物が出来上がるから、時間が効率よく使えるってことじゃないですか」
ぼくはそう答えた。
「あるいは、そうかもしれない」
「鳩」は静かにつぶやいて、IWハーパーのソーダ割を口に運んだ。
静かな夜だった。いつもはぼくら以外に必ず二~三組は客がいるバーなのに、その夜に限って、「鳩」とぼく、そして、度を越して寡黙なバーテンダーの三人しか、そこにはいなかった。まるで世界がこの三人だけを残して、すっぽりと闇に包まれてしまったかのように。
薄暗い照明に照らされて、「鳩」は、口の右端を軽く上げた。これは「鳩」が笑っている、特に、面白がっているときの笑顔だということに、ぼくはようやく気付き始めていた。
「質問というのは」
「鳩」は、一言ずつ、確かめるようにつぶやいた。
「必ずしも、答えと一対になっているとは限らない。そこが面白いと思わないか」
「それは、さっきのぼくの答えが、質問の答えになっていないということですか」
ぼくは少しむきになって聞いた。なぜ、あんなにむきになったのか、未だによくわからない。
「鳩」はぼくの方を向くことなく、IWハーパーのソーダ割のグラスを揺らした。
寡黙なーーそれはまるで石のようなーーバーテンダーは、当然のごとく黙って、ウィスキーのロックグラスを拭きあげている。仕事が丁寧なのだ。だから、このバーは客が増えすぎることもないし、減りすぎることもない。
「そこには『洗う』という共通点がある」
こうつぶやいた後、「鳩」は左手をグラスに添えたまま、右手の人差し指を立て、ぼくを制止するように見た。そして、こう続けた。
「効率的なことが、全ての答えだとは限らない」
「それは」
ぼくは何か尋ねようと思ったが、続かなかった。
「鳩」は、珍しくぼくの顔を眺めていた。まるで、珍しい伊万里焼の壺でも見つけたような表情だった。
「きみは、アタマが切れすぎるのかもしれない」
ぼくは憤慨した。「鳩」の言葉は、どう聞いても、褒めているようには聞こえなかったからだ。
「頭が切れることは、いけないことなんですか」
「鳩」はぼくの言葉を聞いたのか、聞かなかったのか、目を閉じて、また口の右端だけを軽く上げた。
「効率的なことだけが全ての答えだとは限らないように」
目を閉じたまま、「鳩」はつぶやいた。
「良い、悪いだけがこの世の全てではない、ってことさ」
ぼくは「鳩」の横顔をじっと眺めた。
しばしの間、沈黙が流れた。静かなピアノの音が、バーの空気を支配した。
「そう」
「鳩」は口を開いた。
「ビル・エヴァンス」
「鳩」と石のようなマスターは何も言わず、目を合わせた。
その姿を見たぼくは、ハイネケンを一口流し込み、少し黙ることにした。
□過去シリーズはこちらからもどうぞ。
何の意味もない文章を、村上春樹っぽく書いてみた。 - そのたもろもろ
全く意味のない文章を村上春樹風に書いてみた(その2、または「鳩」との対話) - そのたもろもろ
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