責めない

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なーんか、ぼくの周りで

こういう話を聞くことが増えてきたので、

こりゃ流れだねと思って、書く。

 

「この世の中は、全て自分が創っている」

と考えて、行動する。

 

うん。その通り。

そりゃ素晴らしいことなんだけど。

 

とても嫌なこと、辛いこと、

悲しいこと、苦しいこと。

 

そういうことが起きたとき、

「自分が創った、引き起こした」

と思おうとする。

 

そうすると、どうしても、

正直しんどいときも

あるんじゃないかな。

 

うん、ぼくはある(笑)

自分が全て作ってる、と思うと、

どうしようもなく落ち込む。

 

うん。そりゃそうだ。

「こんな状況を、ぼく自身が創ったんか」

と思うんだもの。そりゃ辛い。

 

そこでぼくは、

こう考えることを提唱したい。

 

(たぶん、誰かが先に言ってるけど)

 

この状況を、ぼく(わたし)は

どう捉えたい?どうしたい?

 

これよ。

 

この状況を引き寄せたのは

ぼく(わたし)か!!と思う。

 

それも必要。

でも、そこで立ち止まっていては、

前に進まない。

 

前にも書いたけれど、

「どうして」にはあまり意味がない。

 

むしろ「どうしたい?」を

考えた方が、物事は前に進む。

 

全て自分が創り出している、

ってことは、

自分で変えられるってこと。

 

いまの、この状況が

嫌だ、辛い、悲しい、苦しい。

 

じゃあ、どう捉えたい?どうしたい?

 

例えば。

大切なペットが亡くなったとする。

 

ああ、タロちゃん(仮称)を

死なせたのはわたしだ!と

自分を責め続けても、もちろん良い。

 

でもぼくは、そのゾーンには居たくない。

 

タロちゃんは、ぼくに命のはかなさと、

いつまでも生きるわけじゃないんだと

身を以て教えてくれたんだね。

 

そして、一足先に光の世界に行ったんだね、

ありがとうね、と捉える。

そして、感謝する。

 

もちろん悲しい。

だけど、自分は責めない。

 

起きている出来事や現象は、

変わらない。

 

でも、自分の視点や意識は

変えられる。

 

変わらないものを見つめても、

何も変わらない。

 

それならば。

変えられるものに

意識を向けてみてはどうかな。

 

過去は変わらない。

いまが変われば、未来が変わる。

 

さ。ぼくは一歩踏み出すとします。

良かったら、一緒に。

 

 

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