「ファクトフルネス」

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『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』

という本を読んだ。

 

とか、偉そうに書いてるけども、

知人に「面白いよ」と言われて

それに乗っかって読んだんだけども。

 

乗っかって良かった。

大変面白かった。

 

最近は、大きめの本屋さんに行くと

平積みで置いてあるから、

見たことある方もいるかもしれない。

 

帯によると、

ビル・ゲイツがいたく本書に感銘を受けて

大卒の希望者全員にプレゼントした、

とある。

 

まあ、あれだけの資産家なら

そのくらい・・・と思わなくもないけれど、

それはともかく。

 

この本が面白いのは、

とにかく「FACT=事実」に基づいて

物事を見よう、という姿勢に

徹底的に立っていること。

 

もちろん、この本に書いてある「事実」が

本当に「事実」かどうかの裏を取る必要は

あるかもしれない。

 

ただ、本書の著者はきちんと

データの出典も明らかにしている。

 

ぼくらはついつい、世界に対して

「世の中は悪い方へ向かっている」

「貧富の格差は広がり続けている」

「貧しい子どもたちは増え続けている」

といったイメージを持ちやすい。

 

しかし、著者はそのイメージを

真っ向から否定する。

もちろん、「ファクトフル」にだ。

 

実は、世界で貧困に苦しむ人々は

年々減り続けているし、

何らかの形で電気を使える人たちは、

世界の全人口の80%にまで及ぶ。

 

でも、ぼくらはついつい、

「途上国は・・・」とか

「アフリカの方では・・・」とか

アタマの中のイメージを優先させてしまう。

 

著者は、ぼくらはついつい物事を

「ドラマチック」に見る、と指摘する。

 

確かにそうかもしれない。

 

データに基づいて考えるより、

イメージで物事を

判断してしまうことも多い。

 

いや、それが悪いわけじゃない。

 

そういう傾向にある、ということを

知っといた方が良い、という話だ。

 

むちゃくちゃに聞こえるかもしれないが、

ぼくに言わせれば、

「常識」や「世間体」なども

ファクトフルじゃないね、と思う。

 

誰がその常識を決めたのか?

 

誰がそう言ってるのか?

 

あなたの目にはどう映っているか?

 

実際のデータはどうなっているか?

 

あなたはどう感じるか?

 

そう考え、それに従う方が、

よほどファクトフルじゃないか。

 

誰かが「そんなん無理だよ」と言っても、

客観的なデータや、自分の直感が

「イケる!」と思うなら、

それは多分イケてしまう。

 

ただ、多くの人は

わからないこと、未知なこと、

伸るか反るかのことには

足踏みをしてしまう。

 

投資なんかも、そうかもしれない。

 

「投資」と聞いただけで

「いや、結構です」

「お金減っちゃうんでしょ」

「なんか怖い」

的なイメージで語られることが多い。

 

でも、投資にも色々ある。

元本割れの可能性はあるけれど、

限りなく低いものから、

ハイリスクハイリターンなものまで、

多種多様だ。

 

それを理解して

「やる・やらない」を

決めるのか、それとも、

「投資こわい」のイメージで

思考停止するのか。

 

あ、当ブログは別に

投資案件をご紹介するブログでは

ございません。あしからず(笑)

 

どちらも、悪いことじゃない。

その選択が氣分が良いならば。

 

ただ、自分自身の物の見方や

直感を信じてみても良いんじゃない?

と思うことは、ある。

 

「自分の見たものしか信じない」

では、見聞が狭くなる。

 

でも、

「あの人がこう言ってるから」

「みんなそうしてるから」は、

どう考えても

「ファクトフル」であるとは思えない。

 

であるならば。

 

自分が判断を下すに十分かつ客観的な

データや資料を集めて、

そこからどんな結論が導き出せるか。

 

自分のアタマで考えることこそ、

「ファクトフルネス」な姿勢と

言えるんじゃなかろうか、と思う。

 

「ファクトフル」に生きる、とは

自分の足で立って生きること、

なのかもしれないね。

 

 

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可能性を信じる

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ぼくはいま、「楽読」という

速読のメソッドを伝える

インストラクターを中心に

活動をしている。

 

前回、ぼくはブログに

「あなたの情熱を燃やし続けろ」

と書いた。

 

abenob2010.hatenablog.com

 

そこで。なぜぼくがいま、

楽読のインストラクターという役割に

情熱を燃やしているのかを

書いていきたい。

 

・・・・・・・・・

 

ぼくは、ひとにはそれぞれ、

多くの可能性が秘められていると

思っている。

 

ひとそれぞれに、それぞれが

持って生まれた才能が必ずある、と

信じている。

 

そしてひとは、本来その才能を

活かして生きることが幸せで、

そのひとの能力を

最も発揮できる道だと思っている。

 

一方で、多くのひとが

自分の可能性を信じていない、

自分の才能を見ていないように

感じることもある。

 

うまくいかないだろうから、やらない。

失敗したくないから、あきらめる。

 

もちろん、それはそれでもかまわない。

 

でも、自分の、あるいはひとの

可能性に目を向けられるひとが

もっと増えたら、楽しいとも思う。

 

ぼくの場合、かつては、

自分には特に才能もないし

特技もないと思っていた。

 

だから、自分の可能性について

考えてみることもなかった。

 

文章を書くのは好きだけれど、

小説を書いてみても、

途中で挫折するばかり。

 

ぼくには文章を書く才能は

ないものだと思っていた。

 

ところが、楽読を始めてみて、

こういったことがただの

「思い込み」だったことに氣付いた。

 

楽読では、速読のメソッドを通じて

(大雑把に言うと、だけど)

「思考する」機能を弱める。

 

そして、「感じる」機能を

より活性化させる。

 

言い換えると、

感覚、感性が鋭くなってくる。

 

そうすると、

自分がどうしたいか?が

より明確にわかってくる。

 

ぼくの場合、小説のように、

ゼロからイチを生み出すことには

才能がなかったかもしれない。

 

一方で、ひとの話を聞いて

想いを引き出したり、

それを文章にまとめるのは

得意だし、好きだということに

改めて氣が付いた。

 

文章を書く仕事=小説家

 

という考えに縛られていたら、

たぶんぼくは、文章を書くこと

そのものを捨てていたと思う。

 

こういうことは、

みんなあるんじゃないか、

と思っている。

 

できない、無理だと思って

自分の可能性に

ふたをしてしまうこと。

 

自分の可能性を見ずに、

なんとなく生きることを

選択すること。

 

もったいない、とぼくは思う。

 

楽読を通じて、ぼくは、

ひとが自分の可能性に

氣付くきっかけを提供したい。

 

ぼく自身も、

目の前の人の可能性を

100%信じるひとでありたい。

 

楽読のメソッドを通じて、

「自分は本当はどうしたいのか」

「どう生きていきたいのか」

 

こんなことに氣付くひとが増えたら、

より良い世界になるだろう。

 

そんなことを考えながら、

ぼくは楽読のインストラクターを

いま、やっている。

 

ぼくの役割は、

無限の可能性を信じること。

 

それは、

ぼくの可能性を、はもちろん。

あなたの可能性も、同じように。

 

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情熱を燃やし続けろ


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情熱を燃やし続けろ。

 

あなたの本分を生きよう。

 

究極、ぼくが言いたいのは

そういうことなんだわな。

 

意味もわからず、

理由もなく、ただただ

あなたが燃えるもの、

熱くなるものを追い求めて生きよう。

 

あなたがこの世に生を受けたのは

偶然であり、奇跡である。

ただ、必然でもある。

 

ぼくは中学生くらいから、

「なぜ生きているのか」

「何のために生きているのか」が

よくわからないまま

生きてきた。

 

さしたる特技もなく、

これといった才能もなく、

ただ漫然と生きている。

 

そう思ってきた。

 

でも、違うんよ。

 

自分の中にある

情熱の原泉に触れて、

それを爆発させていないだけ。

 

ひょっとしたら、あなたも。

 

その情熱は、

なんだっていい。

 

仕事でもいい。

愛するひとのためでもいい。

家族のためでもいい。

 

日本のため、

世界平和のためでももちろん。

 

ぼくらのなかには、

確実に、情熱のたねがある。

 

そこに目を向けよう。

それを見つけよう、

そして育てよう。

 

それこそが、

ぼくらが生まれた意味であり、

本分である。

 

これはもう、間違いない。

 

ひとびとがそこで生きたなら、

この世界は変わる。

 

ぼくは今日、あるいはいま、

それを確信した。

 

だからこそ、

ぼくがそこで生き続ける。

 

ぼくがいま情熱を燃やすもの、

というならば、

間違いなく楽読、という

速読メソッドを世に伝える

ことになる。

 

なぜか。

 

それは、

明日か明後日のブログで書く(笑)

たぶん(笑)

 

ただ、いまは、

あなたがあなたの本分で生きる、

あなたのなかの情熱を認めて、

爆発させろ、とだけ言いたい。

 

そう、もちろんこれは

ぼく自身に呼び掛けていること、

でもある。

 

哀しいこともあるだろさ

苦しいこともあるだろさ

けれどぼくらはくじけない

泣くのはいやだ、笑っちゃお

進め

 

そう。進め。突き進め。

 

あなたのなかの情熱に向かって。

 

 ↑むかしのTV番組とかアニメの主題歌って、熱いよね。

 

 

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まず、火を点ける

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何かを始めるとき、

あるいは、

何かを成し遂げるときには、

まずそのひとの情熱の火を

点すところから始める。

 

そんなことを考えた。

 

「何かしたい!」とか

「何かを始めたい!」というひとがいて。

 

そのひとに対して

「そんなの無理だよ」とか

「現時点での問題はこれで」とか

「こうしたらいいよ」というのは

悪くはないけれど、最善じゃない。

 

大切なことは、まず最初に、

そのひとの情熱に火を点けること。

 

情熱が燃え上がったら、

「じゃあ、どうしようか」

「どうやっていこうか」

「いまの課題は何?」と

一緒に考えていけばいい。

 

「そのひと」というのは

ひょっとしたら、

目の前にいるひとかもしれない。

 

あるいは、自分自身かもしれない。

 

もちろん、自分一人で

情熱の火を燃やし続けられれば、

それはそれで素晴らしい。

 

でも、そうではないとき。

 

誰かの力を借りるのもいい。

 

ぼくが意識しておきたいのは、

誰かの情熱の火を消さないこと。

 

誰かの情熱の火を、信じて、

点し続けられるひとであること。

 

いくら始めるときに

情熱が燃え上がったとしても、

その熱が冷めることもある。

 

一時的に、その火が消えかけることもある。

 

でも、始めるときに燃え上がった

情熱の火は、きっと間違いではない。

 

だから、その火をもう一度、

点し続ける。

 

始めたことを止めたっていい。

 

別の道に進んでいってもいい。

 

ただ、その道に進みたいけれど、

いまは情熱が消えかけているひとを

もう一度奮い起こすことができるひとで

ぼくはありたいと思った。

 

というのも。

 

ぼくがそれをしてもらったと

感じているから。

 

そのことに関しては

本当に感謝しかない。

 

だからこそ、ぼくも、

そういうひとでありたいと

心から思っている。

 

あなたがもし、

情熱を失いかけているのなら。

 

自分に向かって言ってみてほしい。

 

「そこに情熱は本当にないのか?」

「本当にそれを諦めて、後悔はないか?」

 

そして、自分の情熱を発してみる。

口に出してみる。

表現してみる。

 

そうすると、何かが変わるはず。

何しろ、ぼくがそうだったから。

 

一旦始めたなら、

自分が納得するまで、取り組んだらいい。

 

そこで、「あ、ここじゃない」と

次の道に行くのもいいだろう。

 

まずは、進み始めた道を

とことんまで進んでみる。

 

情熱を、燃やし尽くしてみる。

 

次へ進むのは、それからでも遅くない。

 

↑だ、そうです

 

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実践智に落とし込む


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新しいことを学ぶとき、

何が一番大切なのか。

 

最近、「身体で覚えること」

かもしれないなと

思い始めているのです。

 

例えば。

 

いくら本を読んでも、

料理が上手くなることは

たぶんない、というか、ない(笑)

 

ゴルフ雑誌を読むのも良いけれど、

実際にスイングしてみて、

自分のフォームのくせや、

修正点を見つけるのは絶対必要。

 

身体を使うこと以外も、

実はそうなのかもね、と思う。

 

ぼくらが学ぼうとすることの中で、

バーチャルで完結するものは

ほぼないんじゃないか、と思う。

 

だから、学んだことをアウトプットする、

実践してみる、という、

言わば稽古→実践、みたいなものが

必要なのかもしれないなあ、と思う。

 

そうすると、

あれ?わかってるつもりだけど、

実際はよくわからん

ということが、

多くの場合出てくる。

 

だから、復習する。

 

そして、

さらに深い理解に至る。

 

「腹に落ちる」とか

「腑に落ちる」って言うでしょ。

 

「腑」ってのは、内臓のこと。

転じて「心」や「性根」のことも指す。

 

つまり、内臓に染み込むように

繰り返してみると、身に着く。

 

そうすると、自然と、勝手に

出来るようになってくる。

 

料理もそうじゃないですか。

 

最初はおっかなびっくり

包丁を使っていたのが、

だんだん慣れてくる。

 

味付けも、

最初はレシピ通りにしてたけど、

だんだんいい意味で

アバウトになってくる。

 

このくらい

塩を足したらこうなる、が、

肌感覚でわかってくる。

 

何度も繰り返して、

感覚をつかんでいく。

 

知ってるだけでなく、

実践智に落とし込む。

 

そういうことなんだなぁ、

と最近特に思う。

 

間違ってもいいし、

失敗してももちろんいい。

 

そこからの学びを

また実践智に変えていく。

 

そういうひとでありたいなと

ぼくは思ってる。

 

楽読(速読)も、

もちろんそうです(笑)

 

お待ちしてます(笑)

 

↑今度読んでみようと思うよ(笑)

 

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人生はプロレスである

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「人生はプロレスである」という、

むちゃくちゃな持論を展開したい。

 

裏を返せば、

「プロレスは人生である」

とも言える。

 

「プロセス」の打ち間違い、

とか、そういうことではない。

 

正真正銘「プロレス」、

プロレスリングである。

 

たぶん、このブログを読んでくださってる方の

多く(7~8割?)は、

そう言われてもピンと来ないと思う。

 

でしょーーーね!!とも思う。

 

ぼくも、いきなりそんなことを言われても

「ですよね!!」とは

言えないかもしれない。

 

でも、敢えて言う。

 

みなさんがどう感じているかは

わからないのだけれど、

プロレスは、ああ見えて

技術力が必要なものである。

 

まず、基礎的な体力がないと

どうしようもない。

 

屈強な男(場合によっては女性)に

ぶん投げられたり、蹴られたりしながら、

15分なり30分なりの試合をこなすには、

当然それなりの体格と、

基礎体力がどうしても必要だ。

 

次に、「受け身」。

 

何の工夫もなく

技を受けているように見えて、

レスラーたちは受け身を

きちんと習得している。

 

そして、相手の技をきっちり受け切る。

 

もちろん、相手の技を食わないために

よけたり、防御することもあるけれど、

プロレスの妙味は「受けの美学」にある。

 

相手の技なんか一切食らわず、

自分の必殺技をとにかく

試合の序盤から繰り出せばいい、

というものではない。

 

それでは、カタルシスがない。

味わいがない。

 

相手の必殺技を受けて、

うーわーっと思っても、

カウント2で返す。

 

そういう応酬こそが

プロレスの醍醐味である、

とぼくは思っている。

 

その上で、

自分の持ち味を十分に発揮する。

 

レスラーには、色々なタイプがいる。

 

岩のような肉体で、

ゴリゴリ相手をねじ伏せる

パワーファイターもいれば、

華麗な空中殺法で魅了する

タイプの選手もいる。

 

ド派手な必殺技を繰り出す選手も、

地味な関節技が得意な選手もいる。

 

いろんなタイプのレスラーがいていい。

むしろ、色々なタイプがいた方がいい。

 

どの選手が良いも悪いもない。

その選手の持ち味が見られた時、

ぼくらプロレスファンは嬉しくなる。

 

ときには、

悪役に転じることもある。

 

それもまた、味わい深い。

 

勝敗は、もちろん大切。

 

でもそれ以上に、

そのレスラーの個性が

存分に発揮されることこそ、

プロレスの魅力だとぼくは思う。

 

それは、ぼくらの人生も。

 

経済的、社会的、家庭的に

「成功」することは、当然尊い

 

でもそれは、

自分の個性が

最大級に発露した結果、

であってほしい。

 

ぼくはそう願っている。

 

ド派手な必殺技を繰り出す

一部のスター選手だけがもてはやされる、

そんな世界ではなく。

 

エル・サムライ

渕正信のような

地味な実力者や、

自分の立場で役割を

きっちりこなす選手にも

スポットライトがあたる世界。

 

ぼくはそれがプロレスだと思うし、

人生とはそういうものであってほしい、

と思っている。

 

 

答え

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結局、答えは自分の中にある。

 

自分の中、とは言ったものの、

それは例えば

守護霊さんが知っている、でも

宇宙から答えが降りてくる、でも

表現方法はなんだって構わない。

 

ただ、

この世のすべてはある意味

マボロシであり

自分の意識の現れであり

そこに答えはない。

 

ということが言いたいのです。

 

なにか、

歯車が噛み合ってないなとか

ズレてる氣がするなと思うときは

その答えは自分が既に知っている。

 

そう思った方が良いみたいだ。

 

なんか嫌だな、

なんとなく違和感があるな、

なにかがオカシイ。

 

物事を見て、あるいは

誰かの言動を見てそう感じたときは

自分の中に問いかけた方がいい。

 

なぜ、そう感じるのか?と。

 

もちろん、さっきも言った通り、

守護霊さんに聞いても良いし、

宇宙に問いかけてみても良い。

 

ともかく、

目に映る「現実」のようなものには

答えを求めても意味がない、っぽい。

 

そんなことを感じている。

 

ぼくもこのところ、

違和感のようなものを眺め続けている。

 

ぼくの何が反応しているのか。

ぼくはなぜ、そう感じているのか。

 

 はっきり言って、しんどい(笑)。

 

そんなことをするよりは、

誰かのせいにしたり、何かのせいにして、

「だから世の中良くならねーんだよ」とか

「これだから今どきの若いもんは」とか

「トシは取りたくないもんだねぇ」とか

なんつってる方がナンボか楽だと思う。

 

たぶん。

 

注)

別にぼくは若い人に対して

怒っているわけではなく、

世の中の不正を

憂いているわけでもありません。

あくまでもただの例です。

あしからず。

 

でも、まあ解決しないんだよね、

それでは。

 

なにかに違和感を

感じるということは

自分の中で

不調和をきたしているということ

みたいなんだよねえ、

と言いたいのです。

 

それが、どんな不調和なのかは、

悲しいかな、自分で探るしかない。

 

もちろん、

ひとの助けを借りるのも

いいでしょう。

 

ただ、そのひとが

答えを持っているわけではない。

 

ぼくも占いの類は

(最近認めたけど)好きだし、

結構見る。

 

しいたけ占い」なんか、

毎週チェックしている(真顔)。

 

でも、占い師が

物事のすべての

答えをつかんでいる、

わけではない。

 

当たり前なんだけど。

 

結局のところ

 

「自分で考えろ」

 

という、

面白くもない結論に

なってしまう。

 

やれやれ。

 

ただまあ、

最近、ぼくの中で出た

答えの一つは

「求められてないことはするな」

ということだった。

 

例えば。

 

ミッシェルガンエレファント

(またはバースデイ)のボーカル、

チバユウスケが、ライブで

さだまさしばりに

長々としゃべったら?

 

たぶん客は途中で飽きるだろう。

 

逆に、さだまさしがライブで

一言もしゃべらなかったとしたら?

 

これまた、客は不満だろう。

 

わかりにくい例えだけれども。

 

要するに、

そのひとにはそのひとに

求められてることがあって、

それを全うするのが

そのひとにとっても幸せだし、

一番世の中の

お役にも立つんだろうと思う。

 

ぼく?

 

そう。ぼくはぼくで

求められてもいないことを

たくさんやってきたのかもな、と

最近感じ始めている。

 

ま、これも学びだよね。

 

まとまらなくなってきた(笑)。

 

とにかく。

 

あなたがもし、

なにかモヤモヤを

抱えているなら、

ひとに聞く前に

自分に聞いてみよう、

ってこと。

 

答えは、自分が既に知っている。

 

知らないふりをしているか、

持ってる答えに氣付いていないだけ。

 

そこにタッチできれば、

物事は変わっていく。たぶん劇的に。

 

そのくらい、本来のあなたは

エネルギーに満ち溢れている。

 

らしいっすよ。

 

んじゃね。

  

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