夢みたいなことを語り合って生きる


f:id:abenob2010:20160712081557j:image
(秦野の出雲大社相模分祠。ココのことはいずれ)

「小説家になるのが夢です」と、以前は言えませんでした。正確には、ごく最近まで。
 
今考えてみると、「人に言って、失敗したら恥ずかしい」と思ってたんじゃないかなー。
 
実際、何度か文学賞に応募するんだ!と意気込んで作品を書き始めたものの、途中で飽きたり、「この話、面白い?」と疑問を感じ始めて、止める、みたいなことを繰り返す時期がありました。

自分が書いているものが「絶対面白い」と信じきれない。才能無いのかなぁ、でも、これがオレの夢だし、なんて思って、モヤモヤして。

そうなると、筆は進まない。そんな考え方だから、当然書きかけのものやアイデアを人に話して「コレって面白い?」と聞くこともできない。かといって、行き詰まりを自分で打破するだけのエネルギーもない。結果、落書きだらけの原稿用紙ばかり増える。

そんなモヤモヤ期を過ごしていたある時、友人の映画監督から「小説を映像化するから、脚本化を手伝ってくれないか」という依頼をいただきました。脚本のキャの字も知らない、素人の僕にです。

僕は僕で、脚本なんて書いたことないしなと思うの半分、人の小説を脚本化するなんてなあ、という気持ち半分で始めたのですが、これが面白い。

小説は当然地の文と会話文で書かれているので、映像にする際には「説明」ができない。どういうシチュエーションかを、背景や人の仕草などで表現する必要があるわけです。

また、小説では「直美は憤りを覚えた」といった心理描写がありますが、これは映像ではできませんから、「直美の憤り」をいかに映像で表現するかを考える。だから、「怒ってないわよ」と直美に言わせておいて、コーヒーカップをわざと乱暴に置く、とすると「あー。ホントは怒ってるな」とわかる、とか。

で、何より良かったし、ありがたかったのは監督とやりとりしながら進められることでした。以前のように「カンペキなものでないと、出せない」というわけにはいかず、否が応でも監督には脚本を渡すわけです。

監督は監督で、こちらが書いたものを「ハイそーですか」と受け取るわけではなく、もっと良くするためのフィードバックをくれる。それをこちらも修正して。

こうして叩き台を叩き合うと、一人で書いていたものより明らかに良いものができてくる。修正を受けて、新しいアイデアも生まれる。正直、新しい体験でした。なんじゃこりゃと。面白いじゃないかと。

おかげさまで、小説の作品はほとんど書けなかった僕ですが、今までに短編映画2本、舞台作品1本を書き上げさせていただきました。本当にありがたい。

昔の僕は、「夢なんて人に軽々しく語るもんじゃないし、コロコロ変えるもんでもない」と思っていましたが、違うなと。今やポップに夢を語り合って、その夢の実現を協力しあう時代だよねと。で、話し合ったり、自分の中で「あれ?こっちかも?」と思ったら、それを試してみる。そうやって、自分のホントの夢や志、使命を見つけるんじゃないかな。そんなことを考えています。

◆宣伝(1)
宣伝です(笑)。僕が脚本をお手伝いした短編映画『結婚申込』が、『夜空と交差する森の映画祭』で上映されることになりました(拍手)。

野外フェス的な映画祭で、とても楽しそうです。10月8日、9日のようなので、都合あう方は是非。


◆宣伝(2)
僕が絶賛応援中の講演家、ピース小堀氏が1万人を動員してトークライブを開催しよう、とチャレンジしています。「可能性無限大一万人ライブ」、副題が「一万人の志がつながる二日間」。全国から夢や志を持った人、あるいは夢や志を見つけたい人々が集まる場になるはずです。

一万人もいれば、あなたの夢を応援してくれる、あるいはあなたが応援したいと思う夢や志を持った人が、一人や二人はいるはず(笑)。夢を語りたいんだけど、その場がないんだよねって方は、ぜひ。