男という生き物に関する5つの秘密

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今日はこれから、とんでもない秘密を皆さんにお知らせしたいと思う。

 

人間の、あるいは人間関係の根幹を揺さぶりかねない、とんでもない秘密である。

 

なので、ぜひ他言無用でお願いしたい、というのが通常であろうけれども、今回ばかりはぜひとも皆さんに知らせてあげてほしい。

 

この秘密を知って、皆さんがより楽しく、健やかに人生を送っていただけることを私としては祈念している。

 

決して、みんながシェアしてくれて、当ブログのアクセス数が上がればいいなとか、そんなことを考えているのではない。断じてない。断じてないのである。

 

二度言うあたりが怪しいが、とにかく断じてないのである。

 

今回お知らせする秘密とは、「男とは何か」である。

 

これは、女性のみならず、男性諸君もぜひ聞いておいていただきたい。そして、「あーそうだね」なのか「え?そうなの?」なのか、「それはオマエだけだろう」なのか、それぞれに思っていただきたい。

 

当ブログでは何度も言うが、この世に「絶対に正しい」ことなんて一つもない。逆説だが、それだけは「絶対」と言える。

 

からして、非難や誹謗中傷の類いはナシでお願いしたい。傷つくから。

 

前置きが長くなった。本題に入ろう。

 

男とは、アホであり、バカである。

男とは、子どもである。

男とは、周りが見えない生き物である。

男とは、自信家の割に臆病である。

男とは、人に認めてもらいたい生き物である。

 

いかがであろうか。

 

「そんなこと知ってるわ」とか「大したこと言ってねえな」とか、言わないでほしい。傷つくから。でも、この5つを理解しているかどうかで、世の中の男性との付き合い方は変わるんじゃないかと、私は思っている。

 

まず、男はアホである。アホ・バカ=頭が悪い、とはちょっと違う。アホもバカも、さかのぼると「愚かなこと」に行き着くらしい。

 

そう。男は基本愚かな生き物なのである。

 

だいたいやね(パイプを片手に、竹村健一風に)、男なんていうものは、結婚記念日は忘れるし、彼女が通っている美容室の名前は憶えていないし、女性が髪型を変えたとしても、どう褒めたらいいかわからないものなのだ。

 

「うちのパートナーはそんなことない!」という女性もいるだろう。それは、その方が自分の愚かさに気付いただけのことである。素晴らしいパートナーなので、大切になさってください。もしくは、天才的なヒモかもしれないので、ご用心。

 

そう。男とは、たいがい愚かな生き物である。

 

同じ失敗を何度も繰り返す。切り花は好きじゃないという彼女さんに、「なんつっても、女の人はお花が好きだから」なんていうアドバイスを真に受けて、まんまと花束を買っていってしまったりするものなのだ。

 

男は子どもである、というのも、これに近い。

 

単に趣味趣向が子どものような男もいるし、子どもみたいに自分がやりたいことや好きなことには熱中するけれど、そうではないことには見向きもしないような男もいる。

 

断っておくが、これは悪い意味で言っているのではない。変に小利口になって、大人ぶって生きている男より、子どものような純粋さを持って、目をキラキラ輝かせながら夢の一つも語る男に、ぼくは魅力を感じる。

 

こうなってくると、男は周りが見えなくなってくる。自分の理想や、夢や、大義に生きると、周りのことが見えなくなったり、考えられなくなったりする。

 

自分の理想、高い目標に突き進むがゆえに、周りに厳しくなったり、配慮ができなくなる。これを「海原雄山症候群(シンドローム)」と呼ぶ。もちろん、ぼくがいま作った。

 

男は基本的に、自分に対して絶対の自信を持っている。オレはすごい、オレはやれると思っている。

 

のにもかかわらず、あるいは、だからこそかもしれないが、自分よりもすごい相手に直面すると、その自信は簡単に萎び、へし折れる。

 

「英雄は英雄を知る」なんていう言葉があるけれど、自分に対する自信があればあるほど、「コリャ敵わん」となった時の自信喪失っぷりも半端ないものがある。

 

だからこそ、人に認めてもらいたいと願う。自分で自分のことを認めることに限界がある時、自分以外の人から認めてもらえることが、どれだけ勇気になり、力になるか。男という生き物は、おそらくそれを本能的に知っているのではないか、と思う。

 

むろん、例外もあるだろう。ただ、ぼくが言いたいのは「こういう特性を理解した上で、男を生きていってはどうか」ということなのだ。

 

自分は賢い、愚かではないと思った瞬間に、愚かさの沼にハマる。

 

自分は大人だと思った瞬間に、子どものような純粋さを失うし、それと同時に大人としての配慮や優しさがおざなりになる。

 

自分は周りが見えていると思った瞬間に、人は油断する。あるいは、周りに気を遣っているつもりが、自分にとっての高い目標や理想を持たない、追わない言い訳にしているかもしれない。

 

自分には揺るぎない絶対の自信があると思えば、どこかで傲慢になるかもしれないし、自信がないと思えば自分を奮い立たせることもできない。

 

誰かに認めてもらわなくてもいい、と表面上思ったとしても、それは強がりでしかないとぼくは思う。一方で、結局自分を本当に認められるのは自分だけだ、とも理解しておく必要がある。

 

矛盾だらけである。そう、この世は矛盾だらけだ。矛盾だらけの中を突き進むしかないのである。

 

ひょっとすると、これは「人」と言い換えても良いのかもしれない。ただ、ぼくは男のこと(もっと言えば自分のこと)しかわからない(正確に言えば、それすら分かったとは言い難い)ので、なんとも言えない。

 

これを読んでくださった男子諸兄におかれては、「あー、そうかも」と思った部分だけでも、胸に刻んで生きていっていただければ幸いである。

 

決して「愚かでいい」、「周りのことなど考えなくていい」と言いたいのではない。そういう自分を認識した上で、どう生きる?を考えていただきたいのである。

 

女性の皆さんに置かれては、男とはこういうものかと一旦あきらめていただきたい。その上で、どう軌道修正するかは、実は女性(あるいはパートナー)にかかっているとぼくは思っている。

 

逆もまた真なりだろうけれど、男はパートナーの影響を色濃く受ける生き物である。だからこそ、女性(もちろん男性の場合があっても良い)がパートナーをどう扱うか、どう見るかでパートナーの態度や生き方は変わる。

 

もちろん、変えるのは本人だ。でも、パートナーの影響が絶大にあることだけは認識していただきたい。

 

やっちゃいけない(わけではないが、逆効果)なのは、指摘して直させようとすることである。

 

男性は、パートナーからの指摘に弱い。しかも、自分が受け止められる指摘ならまだしも、受け止めきれない指摘を受けると、固まる。もしくは、逆上する。あるいは、何も考えなくなる。

 

むしろ、うまく誘導してあげた方が、男は(バカだから)動きやすい。

 

具体的な方法については省くが、まあ、賢明な女性であれば、バカな男を動かすことなんて本来チョチョイのチョイである(と信じてやまない)。

 

最後に、今日のブログは自分のことを書いただけじゃないか?と思った方。

 

大正解である。今度アイスでもおごる。

 

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