素直について面倒に考えた


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「素直」であろうと思っている。


ぼくが想う「素直」とはどんな状態かと言うと、「自分の心、感情、意識の動きを妨げない状態」である。言い換えると、自分が何を感じ、何を想い、それを受けてどうしたいかを100%受け止められる状態だ。


ある師匠筋が話したのだけれど、「素直」とは、漢字を分解すると「主」と自分が「糸」で「直」接つながっている、と書く。ここで言う「主」とは全知全能の神さまのことではなく、心の底にいる自分自身のこと。つまり、自分自身の主(マスター)と真っすぐつながっている状態こそ「素直」なんだよと教えてくれた。なるほど。


でも、常に自分自身に対して100%素直であり続けられる人ばかりじゃないと思うし、そういうときばかりでもないと思う。それが普通だと思っている。自分の氣持ちがわからなくなったり、人から言われたことでブレたりする。


そりゃそうさ。大いに結構じゃないか。


○影響を受けて良い。問題はその後

ぼくらの心や感情、意識の動きは、絶えず何らかの影響を受けている。


「こうするのが常識的」、「こういうときは、こうするのが当たり前」、「こんなことをしたら、親(家族、パートナー、友人)からどう思われるだろう」などなど、ぼくらはつい考える。意識的にしろ、無意識的にしろ。


こういう世の中の常識、人からの意見や視線、他者評価、蓄積してきた過去データ・・・。こういうものの影響を、ぼくらはどうしたって受けざるを得ない。


そのとき、ぼくらは(自分の感情に対して)素直でなくなっている可能性がある。


とするならば、影響を受けたら、受けたことを認識した上で自分の心、感情、意識の動きに再度フォーカスし直す必要がある。そういった諸々の影響を受けつつも、自分はどう思い、どう感じるのかをていねいに見ていく。そういう鍛錬が必要だと思っている。


自分の本当の理想はどこにあるのか。そして、いま、自分がどういう状態なのかを見定めた上で、目の前の出来事に対する選択をする。それができたら、それはかなり「素直」な状態にあると思う。

 

○素直じゃないという選択もあり

もちろん、素直でなければいけないということもない。常識的に、人からどう見られるかを意識して、他人から評価される人生を生きるのだって、悪くない。

 

むしろ、「あの人はホントに良い人だった」と、死んだときにみんなから残念がってもらえるかもしれない。


そんな人生を送るのも、もちろんありだ。


ただ。残念ながら、自分の人生は自分しか生きられない。だとしたら、自分の声に素直になって生きるのか、それとも、他人や固定観念、過去データに従って生きるのか、どっちが良いだろう。


素直な状態をキープするのに、終わりはないと思う。人からの影響は必ず受けるし、常識や固定観念は、ぼくらの深いところに入り込んでいる。

 

だから、常に「自分の心、感情、意識の動きにフォーカスする」ことに意識する必要がある。繰り返しやっていけば、それだけ上手になる。


一人で黙々とやるのも良い。ただ、同じ意志を持っている人と、楽しくやる方法もある。いろいろな方法がある。トライしたいと思ったら、いろいろ試してみたら良いと思う。よければぜひ。

 

 

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