嫉妬する氣持ちの取り扱い方について


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「憧れる」のと「嫉妬する」のは、紙一重だと思っている。

 

ぼくはなかなかの「Jealous Guy」である。ジョン・レノンの曲を引っ張ってきてごまかそうかと思ったけれど、それも不本意なので書く。要するにぼくは「嫉妬深い男」だ。

 

最近でこそ「自他ともに認める」ところまで来たけれど、昔は自分に「嫉妬心がある」、ましてや「嫉妬深い」なんてことは認められなかったし、認めたくなかった。けれども、最近はもう開き直った。認める。

 

うらやましいものはうらやましいし、

憧れるものは憧れる。

嫉妬してしまうものは、嫉妬してしまう。

 

これはもう、ぼくの自然な心の動きであって、仕方がない。「そんなものはない」と否定してかかるより、素直に認めてあげた方が、ぼく自身も楽だと氣が付いた。そして、最近はこんなことも考えている。

 

「嫉妬する」ということは、自分も「それをしたい」あるいは「それができる」という可能性を感じているということだ。

 

○ぼくがジャンボ鶴田に嫉妬できない理由

例えば。野球を見たこともやったこともない人が、イチローを見て、その才能に嫉妬するだろうか。たぶん、そんなことはない。ぼくの場合で言うと、いくらジャンボ尾崎がスゴイと言われても、まったくピンとこないし、嫉妬もしない。

 

なぜか。ジャンボ尾崎に関しては、1)ぼくがゴルフに全く興味がない 2)自分にもそれができるとは思えない からだ。興味もなければ、自分がやりたいとも、できるとも思わないから、うらやましくもないし、嫉妬心も芽生えない。

 

ちなみに、ジャンボ鶴田に対してはすご過ぎて嫉妬なんかできない。

 

プロレスにはめっちゃ興味あるし、やってみたいとも思うけれど、ぼくにはどう逆立ちしてもジャン鶴ほどの身体能力はないし、あれだけのセンスがあるとも思えない。

 

故に、うらやましいとすら思わない。ただただ、尊敬しかない(なお、ジャン鶴は既に天に召されており、彼の素晴らしいファイトは過去のVTRを見て楽しんでいただくしかない)。

 

つまり、「嫉妬する」という心理状態の裏側には「自分もその分野で活躍できる・したい」と思っていて、「そのレベルまでは自分も到達できる・したい」という意欲・モチベーションがあるのだと思う。

 

つまり、誰かを見て羨ましい、嫉妬したということは、あなたにもその素養があるということだと、ぼくは思っている。

 

○嫉妬する相手は、誰だって構わない

嫉妬する相手は誰だっていい。というか、嫉妬なんて湧いてきてしまうものなので、「この人に嫉妬しよう」というものではない。自然な心の反応だと思う。でも、だからこそ、自分の本音、本心に近いと思う。

 

ぼくの場合、長らく村上春樹とか村上龍とか、もう少し若い層で言うと西加奈子とか伊坂幸太郎とかに嫉妬していた。なぜか。「なぜぼくには、彼らのような作品が書けないのか」と思っていたからだ。

 

いまは方向性が少し変わってきて、そこまで強い嫉妬を覚えるわけではないけれど、にしても、やっぱり面白い小説を読んだりすると「ぬぬぬっ」と心が反応する自分がいて、面白い。

 

あなたがもしギタリストで、Charを見て嫉妬しているならば、あなたにはCharレベル、あるいはそれ以上のギタリストになれる可能性を秘めている。それだけは断言する。その可能性を開くか、閉じるかはあなた次第だ。どっちを選んだっていい。例えが若干古いけれども。

 

○「あの人は天才だから」に逃げるな

 ただ、「あの人は天才だから」、「ぼくにはあの人ほど才能がないから」という言葉だけは、使ってほしくない。あなたが嫉妬したその人は、確かに天才性を備えていたのかもしれない。でも、ホントのホントに「天才性」だけで、その人はそのレベルまで到達できたのだろうか。あなたは、その人がそれまで積んできた努力やトレーニングの量をどれだけ知っているのか。

 

それを「あの人は天才だから」の一言で済ませてしまうのは、その人に対して失礼だとぼくは思う。そして、あなた自身に対しても失礼だ。天才性は磨かれてこそ発揮される。あなたは、あなたが嫉妬したその人ほどに、自分自身の天才性を磨いただろうか。

 

何もしなくても発揮される天才性もある。でも、それは長続きしない。それはサッカーや野球を見ていても、よくわかる。高校時代「天才」ともてはやされた選手たちが、成長し、プロになったときにどうだったか。その天才性をさらに輝かせた小野伸二田中将大のような選手もいれば、鳴かず飛ばずで引退していく選手だってゴロゴロいる。

 

もちろん、努力と忍耐がないと成長できないなんてことを言うつもりはない。「努力の量より選択の質」が成果を左右すると、最近、当ブログにちょくちょくご登場いただく世界的な名トレーナー・須田達史氏は言う。ただ、それにしても、天才性を磨く選択をしたか、してないかということにはなる。

 

ぼくもついつい言ったり、考えたりしてしまう、「あの人だからできるんだよ」。本当にそうか。その言葉を発するとき、心のどこを探しても、「自分にもできるのに」という嫉妬やジェラシーはないか。

 

そこにもし、嫉妬心があるならば、それを認めて、どうしたいか考えたらいい。そうしたら、その人に近付くためにできることが思い浮かぶはずだ。その人を真似てみる。教えを乞うてみる。敢えて違う分野で勝負してみる。なんだっていい。

 

見方を変えれば、嫉妬心はチャンスだ。

自分の底知れない可能性に、ワクワクしよう、共に。


※今日のブログはビジネスコーチの川田治さんのメルマガと、ぼくの仲間にインスパイアされて書きました。このお二人に最大級の感謝を送ります。グラッチェアミーゴ(ケーシー高峰風に)。

 

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