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“優しい経済”を実現した「Quantum 2017」

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Photo by Chisako

 

4/8、千葉県いすみ市で開催された野外フェス、「Quantum 2017」に参加してきた。

 

 

■Quantum 2017とは?

まず「Quantum」とは英語で「少量」または「量子」を指す単語である(知らんかった)。このQuantum 2017は「量子力学的野外フェス」と銘打たれている。

 

フェスそのものについて、もっと詳しく知りたい方は、この記事をご参照下され。

 

qetic.jp

 

量子力学とはなんぞ?という質問に対しては、私も「こういうこと」と一言で説明出来るほどの知識はない。

 

一応、量子力学について説明した記事があったから貼っておくけど、読まなくて良い。ちなみに、このブログの本題には全く関係がない。

persol-tech-s.co.jp

 

■Quantum 2017に参加してみて思ったこと

僕が何を言いたいかというと、このフェスは何というか、ものすごく面白かった、ということだ。

 

私はちょくちょく当ブログでも紹介している「ハコネエコビレッジ」の村民として、飲食&雑貨のブースを出店していた。

 

そんなわけで、フェス全体をくまなく見て回って、ライブの最前列で踊り狂っていたワケではない。どちらかというと、自分とこのブースでお稲荷さんと味噌汁を売りながら、ステージをちら見していたくらいだ。

 

当然、ステージで行われたライブはどれもこれも素晴らしく素晴らしいものばかりだったのだけれども、特に今回、僕が面白いなと思ったのが、本フェスでのみ使える通貨「Quantum money」についてだった。

 

このQuantum moneyは、参加者全員に700QM(700円相当)、入場時に渡された。フェス内では、このQMが通貨として流通するというわけだ。

 

面白いのはその使い方のルール。ズバリ「自分の為には使えない」。どういうこと?と思うだろう。このQMは、人のためにしか使えない、という決まりになっている。つまり、「誰かに何かを買ってあげたり、プレゼントするためにしか使えない通貨」なのだ。

 

しかも、贈り合いもNG。AさんがBさんにQMを使ってお稲荷さん(でなくても良いがな)を買ってあげたとすると、BさんがAさんに何かお返しをすることはできない。Bさんは別の誰か(Cさんなり、Dさんなり)にしかQMを使えないということだ。

 

自分が受けた恩を、次の誰かに送る。その恩が、次の誰かにつながっていく。そんな循環が生まれる仕組みを作り上げたのである。

 

■「長いはし」のお話

唐突だが、「長いはし」のお話を知っているだろうか。

 

うん、宮古島伊良部島を結んでいる3540メートルの伊良部大橋のことは、とりあえず置いておこう。私が言ってるのは橋ではなくて、chopsticksのほうだ。

 

「長いはし」のお話とは、こんな話だ。

 

ある男が、閻魔大王に会って「天国と地獄とはどんな世界なのか?」と尋ねた。閻魔様を目の前にして、随分落ち着いた男だなあ、と思うけれど、まあいい。

 

閻魔大王は、まず地獄の様子を男に見せた。ふむ。突然やってきた男の質問に答えてくれるなんて、意外とカジュアルだな、閻魔大王。うん、それもまあいい。

 

地獄では、ものすごく長いはしをもった亡者たちが、何とか食事をしようとしている。ところが、どうしても自分の口に食事を運ぶことができない。亡者たちはやせこけ、空腹のせいもあって苛立ち、いがみ合っている。

 

次に、閻魔大王は天国の様子を見せた。天国でも、地獄と同じく、ものすごく長いはしを持った人たちが食事をしているところだった。ところがこちらは、みんなにこやかに食事を楽しんでいる。

 

なぜか。みんな自分のはしで食事を取って、自分で食べようとするのではなく、人に食べさせていたからである。お互いに食事を食べさせあうから、誰も飢えないし、誰も奪い合うこともしない。

 

Quantumの主催者は、この天国のような状態をこの世に作り出そうとしたのだろう、と私は勝手に解釈した。本人が「いやwww違いますけどwww」と言っても、それはそれで構わない。私はそう勝手に解釈したのであるからして、クレームは受け付けない。

 

事実、僕が店番をしている中でも、先に買い物をしていた男子が、後から来た女子に「じゃあ、これ、買ってあげる」と、お稲荷さんと味噌汁をおごる、なんてステキなシーンに遭遇することができた。

 

ついでにもう一つ。僕が店番をしていると「僕たち、先に帰るんで・・・」と、男子が別の店で売ってるクッキーをQMで買って、差し入れしてくれたこともあった。これは本当に感激した。もし、クッキーを差し入れてくれたのが女子だったとしたら、僕は感激のあまり、その場で求婚していたかもしれない。そういう意味では、男子でよかった(何の話だ)。

 

ともかく。貨幣に「他人に贈るためだけに使える」そして「今日、この場でしか使えない」という制限を設けただけで、こんな素敵なギフトが会場のあちこちで起こったのである。

 

ついでに言うと、このQMの原資はクラウドファンディングで調達され、出資者に対しては特にリターンはない(確か)。つまり、純然たるギフトによってQMが生まれ、そこからギフトの循環が生まれていったわけだ。

 

■「貨幣」は便利だけど、ツールでしかない

もしも、貨幣が自分のために使えるものではなく、他人にギフトを贈るためにだけ使えるものだったとしたら。あるいは、貨幣価値が不変のものではなく、経年劣化するかの如く、時間を経るごとに価値を減らしていくものだったとしたら。

 

世の中の見え方は、もう少し変わってくるかもしれない、そんなことを考えたQuantum 2017でありました。