読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

見えないところを上手く使う


f:id:abenob2010:20170323190621j:image

プロが家で打ってくれたうどん。うまし。

■見えないところをどう使うか。

舞台にしろ映画にしろ(特に舞台は、かなあ)、「見えてないところを上手く使うこと」というのがコツなんだな、と最近分かってきた。いや、カンの良い人や、勉強してる人なんかに言わせれば「何をいまさら」感満載なのかもしれないけど。

 

わかりやすいから、舞台を例に取る。舞台は(場面転換とかをしない限り)基本的には、観客は一つの場を見続ける。例えば、誰かの家の居間だったり、学校の教室だったり。

 

映画『笑の大学』(脚本:三谷幸喜)は、ほとんどのシーンが取調室になってる。これは、元々舞台を映画化したからだろうと思う。『12人の優しい日本人』もまあ、そうだよね。

 

我々(観客)は、そこで起きること、そこで交わされる会話しか(基本的には)情報が与えられない。この場以外で起きている出来事は、想像するしかない。逆に言うと、「想像の余地がある」。

 

■見せないで見せる

舞台上以外で起きていることを、観客は想像するしかない。つまり、想像に委ねることができる。

 

例えば、舞台を核シェルターの中に設定して、「外の世界は核戦争でエラいことになってる」とすると、観客はその世界を(それぞれに)想像する。これを実際の映像で見せようとすると、結構大変。CGとか駆使しないと。だけど、人々の想像に任せればタダだ(笑)。

 

また、舞台上を起点に、過去や未来を描くこともできる。ここに来るまでに、その人が何をしてきたのか。ここから、どこへ行くのか。会話の中でそれを表現できれば、ドラマは「舞台上で起きていること」の枠を越える。

 

さらに「そのことが信用できるかできないか」という技術も使える。舞台上の登場人物が必ず真実を語るとは限らない。

 

一人の女性を巡って男二人が争っている設定で、男Aが女に対して「男Bはこの間、ずいぶんきれいな女性を連れて歩いてましたよ」てなことを言ったとする。

 

男Aのこの発言は、信用に足るのか?女を疑心暗鬼にさせるための嘘じゃないか?みたいなこともできるわけだ。

 

てなことに最近氣がついた。でもまあコレって、日常生活も同じことなんだよね、とは思ったけれど。