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思い込みで考えない人になりたい


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滋賀県竹生島神社シリーズ パート2

 

■前回のあらすじ

そうそう。ステレオタイプで話をする人が苦手、という話だった。そして、自分自身もステレオタイプや思い込みで物事を判断したり、考えてしまいがちだということ。これが前回のあらすじ。

 

なんだよ。前回のブログ、これだけで済むんじゃないか。

 

まあいい。

ともかく。僕は長いこと、「ベジタリアンなんて、何が楽しいんだろうか」と思ってたわけです。人間、肉や魚を食べるのが楽しいし美味しいのだと。

 

で、精進料理なんかで大豆や豆腐を肉や魚っぽく調理するのも、ちゃんちゃらおかしいと思っていて、それなら肉や魚を食べれば良いじゃないか、無理してベジタリアンや精進料理なんて作って無駄なエネルギーを使って、つまんない代替品を食べるなんて無意味だねと思っていたのです。

 

ええ、今にして思えば愚かにも。

 

■肉食は効率が悪い、という話

現時点、僕は別にベジタリアンでもなければヴィーガン主義者でもない(今のところ)。肉も魚も食べるし、小麦粉も食べるから、グルテンフリーでもない。でも、「ちょっと待てよ」と思うことは多い。

 

僕は「家畜が可哀そうだから」という理由で、菜食主義を採ることはできない。なぜなら、菜食主義だって植物の命を奪っていることに違いはないから。

 

むろん、ナッツや果物のように、動物に食べられることを前提にしている(それによって、種子が運ばれたり、受粉したり)ものだけ食べる、という考え方もあるけれど、それもちょっと言い訳っぽいなー、と感じる。

 

ただ、「畜産には必要以上にエネルギーが必要」というのは、確かにそうかもね、と思う。様々な試算があり得ると思うけれど、こちらのサイトによれば、1キロの牛肉を生産するために10キロの穀類が必要だという。10人前の穀類を使って、1人前の牛肉を作るような計算になる。

 

そう考えると、どうして吉〇家や〇屋などは、あんなに安く牛丼を提供できるんだろうか・・・?と不思議に感じる。いや、僕だって牛丼はたまに食べるし、否定するつもりもないのだけれど。

 

大豆ミートは単純に「美味しい」

思い込みで言うと、「肉の代替品なんておいしくない」というのもある。大豆で作ったお肉代わりの食品なんて、どうせ代替品なんだから、美味しいわけがない、と。ところが、これも勝手な思い込みだった。

 

ちゃんと美味しいのである。

 

僕の友人にも、大豆ミートを使った料理を作っている人が数人いる。話を聞くと「肉よりももたれなくて良い」、「味も肉と区別が付かない」という。「もはや代替品というより、これが当たり前」という人もいた。味以外のメリットで言えば「乾物だから、保存が効くから楽」とも。

 

僕も試しに、と思って食べてみたら、これがまあ、普通に肉みたいな食感だし、味わいもある。食べてもみずに「どうせ美味しくない」とは言えない。食べれば、たぶん(ほとんどの人は)美味しい、と思うはずだ。

 

■こういうことって、世の中にたくさんあるんだろうな

何となくのイメージだったり、昔の印象が今も残ってしまっているということが、きっとあるんだろうと思う。

 

ひょっとしたら、昔の大豆ミート(と呼ばれているらしい)は、あまり良い大豆を使っていなかったりして、確かに美味しくなかったのかもしれない。あるいは、今も美味しいものと、美味しくないものがあるのかもしれない。

 

ただ、それを昔1度食べただけの知識で「アレは美味しくない」と決めつけるのは、乱暴だよなと思う。技術は進化する。世の中は変わるし、人もまた変わるわけだ。

 

でも、人は思い込みの呪縛から逃れられないこともある。残念だけど。ただ、そのことを頭に入れておければ、「ああ、今私は思い込みで判断したな」と自覚できる。そういう人に、私はなりたい。