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他人のせいにしちゃわないこと

 
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photo by chisako abe

 

 

■おばんです。

毎度おなじみ(でもないか)、日経ビジネスオンラインからのネタ。

 

トランプ大統領に関する記事は色々と出てますが、個人的にはこれが秀逸でした。僕が漠然と感じていたことが、ほぼ網羅されている。

 

business.nikkeibp.co.jp

 

元記事を読んで頂ければ一番良いのですが、会員登録とかなんとかめんどくさいこと多いので、ここでは印象深いフレーズを引用します。

 

片山:「なかなかこれ以上は成長しない経済を受け入れて、苦しい思いもしてもらうけれど、最大多数がそれなりに人間らしく生きられるように工夫の限りを尽くし、社会主義的施策も辞さない」と言える政治家が、今の先進資本主義国には必要だし、それを支持できる「新しい価値観」を有する国民も登場しないといけないと、私は思うのです。

 

もういっちょ。

 

――そうか、「高度成長できる」と言い続けてきたからこそ、国民の失望が高まってしまって、ついにはトランプを生んだということですか。

片山:ええ。その結果、「時代が1930年代に回帰してきた」と感じています。本気でそう思います。考えても見て下さい。ブロック化、保護主義の流れや「米国第一」の大元には「分割しても成長できるんだ」という幻想があるでしょう。

 

■僕は共産主義者でも社会主義者でもないけれど

ただ、もう「経済成長」の幻想には立ち向かった方が良いんじゃないの?とは思っている。

 

何のための「経済成長」なのか。ホントに経済成長しないとアカンのか。今までのやり方を見直して、人の生活や個々人の人生に基盤を置いた、緩やかな経済活動はあり得ないのか。むしろ、そういうことを考えるべき時代じゃねーの?と思っている。

 

いつまでも できると思うな 経済成長(字余り)だと。

 

■実は、ここからが本題。

前置きで長くなった。これでオシマイでも良いかと思ったけど、半分以上が引用なので、もう少し書く。

 

この記事の中で「誰かのせいにすると、理由なく、問題も解決してないのに、なぜかすっきりする」という話も出た。

 

トランプさんは国内の問題をメキシコやイスラム教徒のせいにして支持を得ている。ちなみに、ヒトラー共産党とユダヤ人のせいにしてたし、毛沢東なんかも似たような手法を採ってた、と記事にはある。

 

確かに、誰かのせいにすると訳もなくスカッとすることはある。しかも一見、「確かに、そりゃ他人のせいだわなぁ」と思うこともあるから、余計やっかいだったりする。

 

今日は家でゆっくりしようと思ってたのに、上司に残業を頼まれて、帰宅が遅くなった。ヤレヤレ、何だよあのタコ課長、こんな時に仕事押し付けやがって・・・。

 

なーんてなこと。ここで「オレが残業してるのは、あのタコ課長のせいだ!」と言ってしまえば、仕事の山は片付かないけれど、多分多少スッキリする。

 

じゃあ、ほんとに課長が悪いのかと言えば、そうとも言えない。自分が多古課長の仕事を先回りしてカバーすることもできたかもしれないし、バックレて帰ることもできたかもしれない。残業することを選んだのは、自分だ。

 

つまり、究極のところ、他人のせいで起こることなんか一つもない。

 

でも、やってしまうんだよねー。他人や環境のせいにしちゃうの。どーしても。氣をつけたい。

 

■リアクションは、自分の中にある

仏教では、物事はただそこに「ある」だけで、そこから生まれるアレコレは、全て自分が作っている、と説く(確か)。

 

仕事がうまく行かないのも、家族との関係が悪いのも、借金を抱えたのも、恋人とうまく行かないのも、雪が降ってるのも、電車の中のクソガキの皆様方がうるせーのも、砂糖壷を落っことして、砂糖を床にばらまいたのも。

 

そのことは、ただ「ある」だけ。どうとらえるかは、全て自分次第だ。

 

でも、人は、何かと他人や環境のせいにしてしまう。その方が「カンタンにスッキリできる」から。

 

他人や環境のせいにしてる自分を見つけたら、しめたものだ。そのことに氣付いたということは、学びがある。そこから、自分が出来ることに立ち戻れば良い。

 

それにしても、電車の中のクソガキの皆様方がうるさくてだな・・・(え?)。