20170116_自分なりのルートを見つける


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竹内久美子さんの『アタマはスローなほうがいい!?』という本を読みました。

 

この方は遺伝子の研究を長年されている方で、人間や動物の一見不可思議な行動や、非合理的とも言えそうな行動は、実は遺伝子を後世に残すための戦略的行動だった、という本を数多く書かれています。

 

週刊文春の連載で、読者からの質問に竹内さんが答える形(一問一答)なので、すいすい読めます。面白い。

 

■本を読んで私が勝手に考えたこと

さて。この先は、本の内容とはほぼ無関係です。

 

やはり「自分のやりたいことをやる」のと「自分が出来ることをする」の両輪が必要じゃないかと。

 

あの、「どうして、この人はこんなにアタマが良い(良さそうに見える)んだろう?」と思ったり、逆に「何でこんなに物分かりが悪いんだろう?」と思ったりすること、ありません?

 

アレって、種の保存としては大切なことらしくて、「賢そうに見せる」ことが生存戦略の人もいれば、そうでない人もいる。

 

ちなみに「本当に賢い人」は「賢そうに見える人」とは違う、という意見がこの本には書いておりましたね。僕が書いたわけじゃないですよ(責任転嫁)。

 

例えば、みんな記憶力が良くて、一回の成功体験をキッチリ覚える個体ばかりだとする。そうすると、その成功が「たまたま」だった場合、同じような場面で前回の成功体験に従って行動した結果、全員全滅しかねない。

 

逆に、A地点からB地点まで、最短と思われるルートを行くヤツもいれば、なんか寄り道する個体もいてよい。というより、全体としては、むしろ必要。

 

短期的には全員が最短ルートを行った方が得だけど、寄り道個体が「アレ?なんかこんな良いルート発見したんだけど!」みたいなことが起こる可能性があるから。

 

伝わってますかね(笑)。要するに、全員同じことを考え、行動しないことこそ、種の保存にとって大きな意味がある。個体がそれぞれに試行錯誤して、結果、全体が環境や状況に適した方へ進化していく。そういうもんらしいのです。

 

つまり、一見バカっぽかったり、無駄なことをしてるように見える個体の行動も、全体としては「アリ」、むしろナイストライなのです。

 

■だからこそ、自分に聞け

ということは、「今の社会ではコレが正解っぽいんで」という理由で自分の生き方を決めるのは、あまりありがたくない。同じ方向に進むヤツが多すぎても困るからです。

 

もちろん、それがやってて楽しかったり、苦にならないなら良い。でも、苦しいのに、今の社会にムリクリ適合しようとするのは、やめた方が良い。だって、アナタという個体は、そのルートを通るのが役割ではないから。

 

じゃあ、どのルートを通れば良いか。ヒントは「出来ること」じゃないのかなと。

 

人から見ると「何という苦行をしてるんですか」と思うことを「いやー、楽しいんで、好きなんで」といって続ける人がいる。

 

これこそ、ヒントなのかなぁと。「シンドイけど、自分がやりたいことのためには、やれちゃうんですよねぇ」ということもあると思う。

 

自分がいくらやりたいと思っても、あまりにシンドイとか、どーしても続かないことは、たぶん、あなたはそのルートを通るお役目じゃないということ。

 

逆に、なんか楽しく出来ちゃうし、続くし、スムーズに進んじゃう、ということこそ、あなたのお役目。発見おめでとう。

 

結局、その答えは自分しか持ってないわけで。