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小さな選択を積み重ねることについて

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志賀島の朝の空と海。良かった)

 

私たちの人生は全て、小さな選択の積み重ねで出来ていると思います。

 

朝、何時に起きるのか。朝ご飯は食べるのか否か。コーヒーか紅茶か。紅茶なら、アールグレイオレンジペコーか。砂糖は?ミルクは?和食?洋食?トーストにバターは?ジャムはイチゴ?マーマレード?タマゴはスクランブルエッグか、目玉焼きか・・・。

 

私たちの人生は全て、小さな選択の積み重ねで出来ている。私が言うまでもなく、皆さんご承知のとおりです。が。私たちは、いや、少なくとも私は、それをつい忘れてしまいがちです。

 

朝は6時半に起き、ワイシャツにスーツを着て、朝食は食べずに7時15分の電車の5両目に乗り、有楽町の駅で降り・・・。オートマチックに日々が流れていく感覚。でも、それを選択しているのは他ならぬ私です。

 

■何かを変えるには、選択を変える

人生を作るのが小さな選択の積み重ねであるならば、小さな選択を変えれば、人生そのものも変わるはずです。というか、絶えず様々な選択の結果を受けて、変わり続けている。

 

何かを変えたいと思ったら、選択を変えれば良い。このあたりも、既に皆さんご承知とは思いますけれど。私たちにはある程度定まった「パターン」があって、そのパターンで選択をすることが多いように感じます。

 

小さな選択を迫られた際に、その都度「どうしよう?」と考え込んでいては、時間と労力を浪費します。だから、私たちはある程度の「パターン」あるいは「自分なりの型」を決める。

 

それは「好み」や「主義・主張」、「信条」、あるいは単に「性格」として現れるのではないかと。

 

■パターンが性格を作り、そこに縛られる

最近、ある人から「初対面の時、親しみやすい雰囲気だった」と言われて、驚きました。

 

以前の私は人見知りで、初対面の人と会うのが苦痛で仕方なかった。ですから、そういう場にはなるべく顔を出さないようにしていたし、初対面の人とはなるべく話さずに済むように、壁を作っていたのです。

 

これはまさに「性格」ですね。自分が「人見知り」という性格を選択していたから、そのように行動していたわけです。

 

でも、それが変わりつつある。こう言ってくれた彼の前では、変わっていたわけです。少なくとも。もちろん、未だに人見知りの私がいなくなった訳ではないですけれど、かなり存在感が薄くなった。

 

持って生まれた性質や特性も、もちろんあるでしょう。でも、私たちの「性格」を形作っているのは、実は自分自身の選択なのではないでしょうかね。

 

■どういう自分でありたいか?
以前、私は自分の性格が好きではありませんでした。人見知りも、セルフイメージよりも悪いアタマも、妙にプライドが高いところも、やたらと人に厳しいところ(しかも、それを当人には言わないところ)も。

 

しかし、ですよ。それらが小さな選択を積み重ねた結果だとすれば、選択を変えれば、時間はかかっても、軌道修正出来るのではないか。

 

と、ここまで理屈っぽく考えたわけではありませんが、結果、そのように行動し始めています。

 

いつもは、やらないことをする。これまでは、してこなかった選択肢を採る。そうすると、何やら新しい自分に会ったような心持ちになるのです(この歳にしてですよ!!)。

 

自分がありたい姿、理想とする自分を思い描いて選択をする。そうすると、そうなっていくような感覚があるのです。

 

■第一歩として、小さな選択を変えてみる

大きな選択を変えるのは、結構勇気がいることです。が、小さな選択から変えていくことは、さほど難しいことではありません。

 

昼、いつもソバを食べていたのをうどんにしてみる。行ったことのない店に行ってみる。想像の付かないメニューを頼んでみる。

 

あるいは、今日だけでも一日笑顔で過ごしてみる。何かしてもらったら、「ありがとう」と言ってみる。普段はあまり話をしない同僚に、何か話しかけてみる。何でも良いわけです。

 

私はずっと人見知りがコンプレックスでした。初対面の人と仲良く話せる人が羨ましいと思っていました。大勢の人が集まるパーティーなんてもってのほかで、あんな場に行くなら、ブタ箱に入った方がマシだと思うくらい(←やや盛った)。

 

■♪昨日今日あーすー、変わりゆくわーたしー

私もまだ、道の半ばです。ただ、自分が変化しつつあることは、自分でも感じます。以前ほど、初対面の人と話すのがイヤではなくなったし、話が続かなくても「まあいいか」と思えるようになりました。

 

日によっても変わるし、自分のコンディションによっても変わるけれど、昔に比べれば理想とする自分に近づいている感覚はあります。

 

これはけして、私一人で気付いて、実践したことではありません。周りにいる人々が、直接的、あるいは間接的に教えてくれたことです。本当に感謝したい。この場を借りて、ありがとう。

 

今は、変化していること、そしてその変化を楽しめていることに、本当に感謝しています。今後も、変わりゆく私をお見逃し無く!!

(↑↑↑とか、以前の私ならば、まず書けなかった一文(笑))