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身一つで生きる(ことを目指しています)


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部屋の片付けをしております。

個人的には、あまり「断捨離」という言葉は、そこに付きまとうビジネス感や、イマドキ感をこちらが勝手に嗅ぎとってしまって使いたくないのですが。まあ、やってることは片付けでございます。

 

要らないものを整理して、捨てる。必要なものは、然るべきところに置く。ふむ。ごくごく当たり前のことなのですが、これがねー。普段からはなかなかできない。よっこらせってな感じで取り組まないと、どーも腰が上がらないわけで。

 

今回は、個人的にはなかなか思い切ったのです。

今まで溜め込んでいた雑誌類(『Number』とかさ)や、昔よく見に行っていた高校サッカーのパンフレット(そこからプロになった選手なんかもいますからね)、「もうたぶん読まないだろうな」とは思いつつ、なんとなーく取ってあった「小説の書き方」系の書籍類等々を処分することに決め。雑誌やパンフ類、紙ごみは捨て、書籍類は「どーしても、これは再読しておきたい」というもの以外はすべて処分することに決めました(まだ処分しきってはいない)。

 

こういうことを改めてやってみると、いかに自分がモノを持っているかが分かります。普段はどう考えても必要ない、極論すると、この先一生、使うかどうかも分からないようなものを、後生大事に取っている。いや、むろん、それがどうしても捨てられない、思い出の品というのなら良いのですが、「コレ、何だっけ?」とか「あー。これ、昔ハマって買ってたな」といったものだったりして。

 

洋服なんかは、本当にそうで。体は一つしかないので、下着を除けば一日あたり上下一枚ずつあれば済むわけなのですが、まあホントにたくさんの洋服がある。僕は特にTシャツが多い。

そもそもTシャツが好きで、好きなアーティストのTシャツなんかだと、どーしても欲しくなったりして、買う。また、ナイスなデザインのTシャツなんかを見かけると、欲しくなって買う。てなわけで、ひと夏にすべてそでを通せないほどのTシャツを持っていることになるわけです。これも一部、処分しようかと。

 

何でか、と言われると、ちょっと困るのですが。

急になぜ、要らないものの処分というか、部屋の整理を始めたのかと言われると、理由はあるような、ないような。「家のひと部屋を誰かに貸そう(or Airbnbで貸そう)」と思い立ったのもあるし。でも、その予定が決まっているわけではありません。

ただ、このように部屋の片づけをしていると、ホントに、自分に必要なものってさほど多くないなと気付きます。洋服も、結局気に入ったものをローテで着回しているだけだし、仕事の時はシャツにスラックスだし。溜め込んでいた本や雑誌も、究極を言えば、図書館で予約すればまた読めるわけだし。自分で持っている必要はない。この辺は議論があるところで、「本は買って読め、家は借りて住め」というのを推奨している人もいて、それはそれで一理あるなとも思うわけですが。

 

ただ、今の私にとっては、本も何も、「自分で持っている必要はない」 という境地に達しました。借りればいいし、借りられないものは、買えばいい。でも、「持っておく」必要はない。できるだけ身軽に、シンプルに生きたい。それが今の私の希望なのです。

 

という割には、まだまだ、客観的に見て「要らないもの」を溜め込んでいるなとは思うのですが。それはまあ、徐々に手放していくということで。