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世のため、人のため、仲間のために生きる人

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実は、今回もまた、ある一人の誕生日を祝うための記事を書きます。

 

当ブログは幸か不幸か、お役立ち情報の提供や、世界情勢を鋭く切り取ることを期待されているわけではないので(ないよね?)、まあ、こういう記事が続いても良いかなと。

 

というわけで、今回もお付き合いいただける方は是非。「誰かの誕生日祝いの記事なんて、読んでるヒマないんだよ!」という方は、またいつか。

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まず、とりあえず。お誕生日おめでとう。

 

このヒトとの付き合いは、結構長いです。知り合ってからは、だいたい、オギャーと生まれた子どもがすくすく育って、高校に入って進路について考え始めるくらいの年月は経っています。改めてそう考えると、長い。でも、あまりそういう感じがしない。

 

それは、このヒトが絶えず変化し続けているからだろう、と思います。

もちろん、人は誰しも昨日と全く同じではあり得ないわけですが、このヒトの場合は変化の振れ幅が大きい。考えや信念の軸はさほど変わらないのでしょうが、行動や意識、熱中するものなどが都度変わる。

 

「likearolling stone」、まさに「転石苔むさず」。本来の意味は「そんなにコロコロしてると大成しませんよ」という意味らしいのですが、私はそうは思いません。むしろ、日々を新鮮に、真剣に、楽しく転がってる方が大成する氣がする。

 

このヒトの生き方がまさにそうで、自分の感情に素直に生きている、ように見える。本人はどう言うかわかりませんけど。これは、ホントに尊敬しています。

 

このヒトの特長は、相手との間に垣根を作らないこと。

良い意味で気取りもなければ、気負いもない。だからなのか、人と仲良くなったり、場の空気を作るのが天才的に上手い。知らない間に,初対面の人とタメ口で話してる、みたいなね。

 

私はどちらかと言えば、交友関係を広げたり、人との間に垣根を作ってしまう方でした。以前は限られた人間関係の中で、のほほんと生きていきたいと思っていたのですが、このヒトとの付き合いの中で「ホントにそうなん?」と、最近は思い始めました。

 

このヒトのおかげで、私の視野や世界が広がった感もあります。

 

この先のことは、ホントにわからない。

このヒトがこの先どうなっていくのか、私には見当がつきません。だいたい、5年前、いや3年前の私にも、今の状況はおそらく想像できなかったはず。それがこのヒトの生き方なんだろうなあと思います。

 

そして、何より自由。自分が面白いと思ったことはやるし、つまらないと思うことはしない。選択の判断材料は自分の感覚だけ、に見える。

 

友達や家族の意見って聞くのかな?と思う。少なくとも、私の意見は聞かない。ただ、ある意味では、その誰にも左右されないところは尊敬に値するかもしれない。

 

昔は、こちらの意見や忠告をロクに聞かない、と腹を立ててたのですが、最近は納得しているというか、まあ、そうだよねと思っています。

 

だから最近はむしろ、出来るだけこのヒトに対して意見や忠告をしないようにしています。自分の信念に従って生きる方が、このヒトらしいから。

 

私は、このヒトがコケたら、静かに横から手を差し伸べる存在。あとは好きなように、好きなだけ走り回ってもらいたい。今はそう考えています。

 

このヒトはホントに世のため、人のため、仲間のために生きている感がある。

こんなに世のため、人のため、仲間のために自分のエネルギーを100%近く使える人は、そういないと思います。自分が得しないことに、なぜそこまでするの?と、私が思うくらい、出し惜しみしない。

 

損得勘定で動くこともあるんだろうけど、世のため人のため仲間のためには、そのソロバンが働かなくなるみたい(笑)。なんだかね、と思うけど、そこも良さなのかもしれない。

 

だから、このヒトは、世のため人のため仲間のために、いつでも自由に動ける状態でいるのが、みんなにとって良いんだろうなと思う。

 

そのためにも、私自身がキチンと自立しないとね、とも思う。長年、このヒトに判断を任せていた部分があるから、そこから脱却しないと。

 

で、このヒトには、広いフィールドで、のびのびと羽ばたくように活躍してほしい。私はそれを双眼鏡かなにかで眺めながら、ニコニコ笑っていたい。たまには、コーヒーでも飲みにおいで、なんてなことを思いながら。

 

いつも、みんなのためにありがとう。

そして、お誕生日おめでとう。